NO.29「お母さんのお弁当」 (by あき/女性)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[29] お母さんのお弁当 (あき/22歳・女性/群馬県藤岡市)
 幼稚園、小学校、中学校と給食制だった私がお弁当を食べられるのは、運動会、遠足などの特別な日だった。私の母は働いていて忙しかった上にあまり料理が得意なほうではないため、おかずのメニューは定番で何の工夫もなく、ウインナー、ミートボール、卵焼き、キュウリの浅漬けとだいたいいつも決まっていた。友達とみんなでお弁当を広げるとき、友達のお弁当は手作りハンバーグや唐揚げなど手の込んだおかずが美味しそうに並んでいてうらやましく感じることもあった。
 高校に入学して毎日お弁当を持っていくことになった。母は今までより早起きをしてお弁当をつくってくれた。入学してからしばらくの間、慣れない環境に緊張したせいで食欲がなく、度々お弁当を残すことがあった。母は少しでも残して帰ると
「せっかく作ったのに・・・」
と怒った。
ある日とうとう、お弁当をまるまる残してしまったことがあった。怒られるのが嫌でお弁当をまるごと家の裏に捨て、落ち葉で隠した。空っぽのお弁当箱を見て母は何も言わなかった。怒られるのは面倒なのでホッとした。ところが、落ち葉に隠したお弁当は翌日に母にあっさり見つかってしまった。母はいつもの何倍も怒った。本当は母に対して罪悪感はあった。でもあまりに怒られ、悪気があって残したわけじゃないのに・・・とつい私は「こんなお弁当だからいらないよ!」と言ってしまった。言った後すぐに後悔したけど遅かった。母はものすごく悲しそうな顔をした。
その後、高校へお弁当を持っていくのはやめた。母は作ろうとしてくれたが、私が意地を張って拒んだのだ。お昼はいつも購買でパンを買って食べていた。
 高校を卒業して大学へ行くために塾に通って浪人することになった。塾へ行くときに行くときに母が久しぶりにお弁当を作ってくれた。今度は素直に受け取れた。久しぶりなので何だか照れくさいような恥ずかしいような感じがした。まだ温かいお弁当を入れたバッグを自転車のかごに入れて駅に向かう途中、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
 小さい子のようにその日はお昼が待ち遠しかった。やっとお昼になって、見慣れた小さい頃から使っている金魚柄のお弁当箱。ふたを開ければいつもの予想道理のお弁当。
 どんなお弁当でもよかった。お母さんが眠い目をこすりながら、冷たい水でといだお米。朝起きるのが苦手なのに私のことを想いながら作ってくれた卵焼き。18年間何度も食べたその味がその日は特別に感じた。
 勉強がうまくはかどらずに逃げたくなるときもあった。でも母のお弁当を食べると元気がでた。母は何も言わずに、体調が悪くとも毎日作ってくれた。辛いとか思っちゃいけないと思った。
 翌年の春、私は見事志望大学に合格した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(C) 2000-2006 Kanazawaclub.Com Inc. All rights reserved.