[50] 母からのひとこと
投稿者:ゆぐっち (21歳/女性/京都府京都市/学生)


今日もスーツを着た学生とすれ違う。就職活動だ。地味で無表情な彼らをよそに、春服で街に出ようとする私。しかし春めいた見かけとは裏腹に、内心は自己嫌悪でいっぱいだった。

どうしてもっと考えなかったのか。
なぜ、こんなにも怠惰なのか。

春休みの間ずっと、私は自分を責め続けていた。将来のことや、やりたいこと。全てがぼんやりしていた。理系の大学に通う私は、当然のように大学院進学を選択してしまったが、周囲の友達の悪戦苦闘の様子をみて、やっと気がついたのだ。まだ良い結果は出ていないかもしれないが、彼らは確実に成長している。なのに、私は何もしていない。学んでいない。とても苦しかった。どんなに焦っても、急に答えが見つかるはずないのに。
そんなある日、とうとう母親に悩みをもらした。心配されるのが嫌で今まで話していなかったのだが、平然とできないくらいに悩んでいた。

「大学院まで行ってしまったら、ある程度の企業に入らんと許されへんよね?」

その時の私の、一番のプレッシャーだった。特に才能もなく、何より強い意志の無い私が、みんなの期待するような会社に入れるはずが無い。大学院まで行かせたのに…と、家族全員が落胆するのが目に浮かぶ。だが、母親が一言。

「何しょーもないこと言ってんの。行けたところが結局、一番あんたに合ってるんやから心配せんでいいねん。」

その言葉を聞いた途端、文字通り、肩の荷が降りた気がした。涙が出た。流れるというより、ぽろぽろとこぼれる。ここまで自分は辛かったのかという驚きと、母親に涙は見せたくないという気持ちで焦った。

涙はすぐに止まった。他にも悩みはたくさんあるし、これから何か始めなければ、という少し前を見る気持ちが湧いたからだ。母親のことばは、いつも通りの軽いものだったかもしれない。でも私にとっては、その時最高に救われた一言だったように思う。

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[49] ごめんね…
投稿者:ちょんた (34歳/女性/石川県金沢市/会社員)


長女が幼稚園もあと半年で卒園という時、急きょ母親の私が仕事に出ることになり、下の子供達と保育園に入ることになりました。「たまにはお顏見せに来てね」と寂しがる先生やお友達に最後の最後までニコニコ笑顔のままバイバイしてきました。家に帰って私が家事をしていると、後ろで「…ママ…私やっぱり幼稚園のお友達とお別れしたくない。」と長女が泣きながら立っていました。ああ、やっぱりこの子は我慢してたんだ。私も長女をギュッと抱きしめながら涙しました。2才9ヶ月で2人の妹のお姉ちゃんになり、妹達の面倒をよく見てくれるシッカリ者でした。無理してしてるなと思う時には「子供は正直でいいんだよ」と言ったこともありました。
「正直にお話してくれてママ嬉しいよ、ありがとう…ホントにごめんね」

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[48] たった一つの思い出の為に
投稿者:たまねぎ少年 (17歳/男性/埼玉県加須市/学生)


僕は中学生の時、バレーボール部に入っていました。その部活は楽しさ重視の弱小部でした。中1の頃は、試合に負けようが、予選で敗退しようが、おかまいなしに楽しい毎日でした。
しかし、あれは僕が中2になったばかりの時でした。突然、いつもはニコニコしているだけの顧問の先生が、真剣な顔をして言いました。
「僕さ・・・・・・来年から、違う学校に行くことになったんだ。」
その日の練習は、体育館の倉庫でミーティングでした。
「このまま先生やめてくのか・・・・・・なんか、かわいそうだな。俺達なんかの顧問でさ」
ふとこぼした先輩の言葉が、僕達の何かを突き動かしました。
翌日からは、まるで違う部活動でした。辛くて、辛くて、でも以前とは違う楽しさもあって・・・・・・辞める人や幽霊部員になった友達も多々いましたが、僕らは今までの自分達へ罰を与えるかのように、黙々とバレーボールの練習をしました。
その年の秋に、大きな大会へつながる大会がありました。僕は残念ながらベンチでしたが、心から先輩や友達を応援しました。
「ファイトー、ファイトー!」
そして、僕らは先生へ初勝利をプレゼントすることが出来ました。
運悪く、次は強豪チームが相手で惨敗してしまいました。
「先生、すいません。負けました・・・・・・」
「何言ってんだ。良くやったな!」
僕が中学3年生になり、その先生がいなくなってしまった後も、僕達は楽しくバレーボールをし続けました。

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[47] 僕が気付いた涙の話
投稿者:神夏直樹 (17歳/男性/石川県金沢市/学生)


僕には、幼い頃からずっと仲の良かった幼馴染がいました。

彼女とは、毎日のように一緒にいて、そして、それが当たり前だと思っていました。
しかし、僕たちはある日を境に顔を合わせることが出来なくなってしまったのです。
喧嘩をしたわけでもなく、引越しをしたわけでもありません。『違う学校に進学した』ただ、それだけのことだったのですが……。



彼女が別の学校に行くことを知ったのは、自分の家族の口からでした。
「***ちゃんね、別の学校に行くらしいわよ」
それは、本当に突然のことでした。
僕は耳を疑いました。しかし、それは紛れもない事実だったのです。
「――――」
今まで、側にいることが当たり前だと思っていた幼馴染が、僕の側からいなくなってしまう、という事実に、僕はなにも考えることが出来なくなってしまいました。
悲しみさえもない、真っ白な感情。涙の一滴すら零れない、漂白された心。
そんなものに、僕は支配されてしまったのです。
実は、ほんの少し家が離れていたというだけで、違う学校の校区に組み込まれていたらしいのです。
そのため、どうすることも出来ず、違う学校に入学することを受け入れるしかありませんでした。
それからずっと、彼女とは連絡が取れない状態が続きました。



連絡が取れなくなってから一年後。一度だけ、彼女の姿を見かけたことがありました。
学校の帰り、彼女が前から歩いてきたのです。
前のように、普通に話しかければよかったのかもしれません。
ですが、僕には出来ませんでした……。
長い期間会わずにいたためか、彼女があの時の彼女とは違うものになってしまったような錯覚を覚えたのです。
髪の毛が短くなっていました。身長が伸びていました。……そして何より、身にまとう雰囲気が、僕の知らないものなのです。

「……あ」
身を隠すことも出来ずにいるうちに、彼女が僕に気が付きました。
一瞬の硬直の後、悲しいような、悔しいような、そんな奇妙な表情をしました。
「久しぶり……」
僕が口に出せたのは、それだけでした。
突然のことに、何を言っていいのかがわからなかったのです。
「……久し、ぶり」
彼女は俯きながら言いました。
髪の毛で彼女の顔が隠れてしまっています。
「…………」「…………」
二人とも、その次の言葉が続きません。
沈黙が二人を包みました。
お互いに、お互いを見ようとはせず、足下のコンクリートばかりを見ていました。
「……ごめんな、さい」
しばらくして、その沈黙を破ったのは彼女の言葉でした。
「ごめんなさい……!」
もう一度そう言って、彼女は僕の隣を駆け抜けていきました。
その目元には、うっすらと水滴が浮かんでいたような気がします。
「…………」
逃げるように走っていく彼女の後ろ姿。
それを見て、二人はすでに違う道を歩んでいるのだと、強く感じてしまいました。



その帰り道。ふと、道路に止まっていた車のガラスに写る自分が目に入りました。
「……あ」
その時、僕は気が付いたのです。……自分の目から、ひとすじの涙が流れ落ちていることに。

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ユーザーからのコメント
○自分にも似たような経験があるので、心にじんときた。ひとすじの涙が落ちていったこの人の気持ちはよくわかる。(by Y,Dog)
○幼馴染が自分と別れた道を行くことは寂しいことだと思います。 最近自分も何か、あるいは誰かと別れてしまって、同じような思いをしています。 また会えることを信じて、今を生きているわけですが・・・。(by 真田 啓輔)

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[46] おばあちゃん
投稿者:西 (32歳/男性/石川県金沢市/会社員)


今年2月に祖母が他界しました。90歳でした。死因は大腸癌の転移によるものでした。大腸癌手術をした後は残りの時間を大切に自宅で静かに過ごしたそうです。
私が子供の頃…父や母が仕事で忙しくて、なかなかかまってもらえることが少なかったため、祖母に会いにいくことが多く、いつでも笑顔で出迎えてくれた。
私が年齢を重ねるにつれて祖母に会いにいけることも少なくなってゆきました。亡くなった祖母の顔は安らかで少し微笑でいるようにもみえました。おもえば…祖母はいつもそうでした。優しくて笑顔で接してくれた記憶しか私にはないく、そんな祖母が大好きでした。それでも通夜や葬式時に悲しくは思えても涙がでることはなかった。
火葬直前で…「辛かった事。悩みや心配事があっても誰に接するにも笑顔を絶やすことはなかった人やったね」と周囲の人からの話を聞き、祖母に二度と会う事も話すこともできなくなると感じた瞬間涙が溢れて止まらなくなりました。その夜私が子供の頃に祖母と過ごした時の夢をみました。朝起きたときには頬に再び止まらぬ涙を流していました。けして叶わないことですが…「会いたいよ…おばあちゃん」

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