[15] 忘れられない結婚式
投稿者:ポンタ (32歳/女性/石川県金沢市/専業主婦)


私は、先月結婚しました しかし結婚式には、片親での式でした 母が心臓病を抱え入院中で手術を控えての結婚式でした 私のお腹には、すでに赤ちゃんがいて、母不在の結婚になるだろうと諦めていました 披露宴の最中に司会の人が今日の特別ゲストを招いていますと…扉の向こうから病院の看護士さんに付き添われた母の姿がありました 母が自分の体の事より私達を祝福しにやって来てくれ他の誰より、どんなかっこうであれ母の姿が1番の贈りものでした ニッコリ笑ってくれた母…孫の顔を見る事なく今月天国にいきました 母が全力で会いに来てくれた事一生忘れません ありがとうお母さん

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ユーザーからのコメント
○泣けました。私は晩婚42才で結婚しました。母は健在ですが、わたしの年齢から孫の顔を見せれるのか心配です。子供を授かっても見せてあげれない花嫁もいれば見せてあげたくても身体が言うこと聞いてくれない花嫁もいます。感動しました。(by ミッキー葉子)
○私も妊娠がわかり結婚を予定より早く行った32歳。そして妊娠して親になり両親への感謝の気持ちがましました…産まれてくる子供さんを大切にきっとお母さんが天国から見守ってくれてますよ…素敵なお母さんだったんですね。(by お散歩日和)

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[14] ごめんなさいとありがとう
投稿者:ゆきんこ (21歳/女性/石川県金沢市八日市出町/学生)


私が前の彼氏とうまくいってない時のこと。彼のことが大好きだった私は、相手に冷たくされたりいつもと違う態度をとられたりするとすぐに落ち込んでた。その度に夜中でも親友のaちゃんに電話をして話を聞いてもらったり、家に泊まらせてもらったり…aちゃんはいつも私の側にいてくれて、いつも励ましてくれてた。自分が甘えすぎてることにも気付かないで…私が落ち込むたびに一緒になって落ち込んで、私が元気になるたびに一緒になって元気になって。aちゃんに、もう疲れたって言われるまで気付かなかった私。大泣きしてたらaちゃんから電話かかってきて、言い過ぎたごめんねって…自分ばかりになってた私に気付かせてくれたaちゃん。今では前以上に大親友。

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[13] 雨の日、気をつけて。
投稿者:りーこ (16歳/女性/神奈川県横浜市/学生)


あの夏は本当に忙しかった。
父方の祖父が寝たきりになって数年目の夏だった。何かあってもおかしくない状態が何ヶ月も続いた中で夏を迎えた。7月、14日の誕生日に祖父を見たとき、あまりの痩せ方にただただ涙をこらえていた。もう3年ほど前から私のことは忘れてしまっていたはず。最後にしゃべったのは、確か病院にお見舞いに行った日に祖父が一言だけ話した「気をつけて」だと思う。私は7月の末から1ヵ月、アメリカへホームステイに行くことになっていた。両親は「楽しんできなさい。何があっても連絡はしないから。」といって私を送り出してくれた。
1ヶ月はあっという間だった。途中で祖父母宛に葉書も出した。日本酒をいつもお猪口(おちょこ)で飲んでいた祖父に、とても小さなグラスも買った。
8月末、久しぶりに会った両親は笑っていた。空港で久しぶりのおすしを夕飯に食べながら、私は1ヶ月のことをしゃべり続けた。車へ乗り込む直前、母が話した。祖父が亡くなったと。更に、母方の祖父が末期がんに侵されていると。そのときは涙は出てこなかった。祖父が亡くなったこともなんとなく理解できた。覚悟もしていたから。癌になった祖父だってあの元気な姿以外全く想像できなかった。
夜、ベッドに入って一人で1時間半泣き続けた。人の死はこんなに悲しいのか、とも思った。しばらく話してもいなかった祖父だけれど、昔のあんなことやこんなことを思い出すと悲しくて仕方なった。祖父のお葬式は降水が全くなかったあの夏、ただ1日だけ大雨が降った日だったと聞いた。悲しみの雨だったようだ。
宣告を受けた2ヵ月後、あんなに元気だった母方の祖父も亡くなった。最後に交わした言葉は、先になくなった祖父と同じ、「気をつけて帰れよ」だった。その日は、また大雨の日だった。

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ユーザーからのコメント
○短い小説を読んでいるような気分になりました。(by りんこ)

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[12] ありがとう
投稿者:ミッキー (23歳/男性/石川県戸水/会社員)


ちょうど2年前くらいです。自殺まで考えるくらいに精神的にきつくて。ケータイの電源を切って一人でいたときです。電源を入れたときに留守電が入っていました。親父からでした。会社から実家に連絡がいき心配になってかけてくれたんですが、ろくに話もできなかったためかけなおさずにただフラフラと歩いていたときに急に電話が鳴りました。親父からです。覚悟を決めて電話に出ると…勝手なことをしてずっと連絡も取れなかったのに親父が言った一言は普通でした。「元気にしてるか?たまには帰ってこいよ。」思わず電話ごしに涙が止まらなくなって、焦って電話を切ってしまいました。友達もみんな心配して連絡をくれました。初めて人前で声を出して泣きました。一人じゃない。そう思うと死のうとしていた自分が怖くなりました。今までは一人でも大ジョブだと思えていたのはこんなに支えてくれる人がいるからなんだと実感しました。あのときの、家族や一緒に自分のことのように泣いてくれた友達みんなに支えられてる事に気づき、今は毎日笑顔でいられます。人は支えあいながらって本当なんだと思いました。何回言っても足りないくらいありがとうを伝えたいと思います。支えてくれてありがとう。

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ユーザーからのコメント
○お父さんのさりげない言葉にジーンときた。(by たけ)
○みんな独りじゃないんだよ!だからがんばろう!!(by ナルト)


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[11] 今は亡き彼に尽くす友達
投稿者:春らんまん (43歳/女性/福井県福井市/パート・アルバイト)


あれは昨年の夏のこと 年が明けて春になれば勝ち取った就職という これまでの総結集が待っていたはずなのに・・。
ある日「熱が下がらないんだ」と故郷の母に電話で息子が話すと「じゃあ帰っておいで」とちょうど夏休みでバイトをしていたが地元に帰ることに。病院で診察をしてもらうために 母親と一緒に行きくすりをもらって飲むのだが 完治しない・・と 家に帰ってから二日目の夜中 洗面所あたりでゴトン!という物音で母親が見に行くと「手が動かない」と何が何やら訳もわからず 再度病院へ。
救急車で運ばれたが そこで初めて白血病と診断され数時間後に亡くなってしまう 成績も優秀で性格も明るい かわいい いつも笑顔の絶やさない好青年だった 人に尽くし人のために勉強を教えたり正義心が強く頭のいい彼が 何でこの世を去ってしまうのか 何でや!と何でや!と親にすれば納得がいかないこと 生前の行いが 結果彼のお葬式には莫大の数の友人が参列し県外からも次から次へと押し寄せるのはそのはず。後でわかったのだが 病院で出された薬は確かめもせず 白血病を促進させる薬だったことが判明した。子供を亡くした悲しみと頼りにならない医者達の誤診。就職先も内定していたのに 彼が残したのはその後彼の為に家族を守り動き出した友人達だった。せめて卒業証書だけは・・と亡き彼の為に友が戦う姿は両親の心の糧になり ほのかに陽が当たりだした春爛漫の故郷の心の温かさを取り戻していく 人間らしい青年達は 今後の日本を担っていくことを期待したい

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ユーザーからのコメント>
○親御さんにすれば辛いことだったでしょうが・・・。最近の若者も捨てたもんじゃないですね。(by クルリン)

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