私がパンサーに出会ったのは、大学1回生の時。
ピアノのレッスンに向かう途中、道端で通る人に向かって大声で鳴いていた猫がパンサーです。
人を疑うことを知らない無垢で、開けっ広げな鳴き方に心を動かされ、私は遅刻覚悟で家に戻り、猫のえさを持ってきました。
近くの駐車場でえさをやり、ひとまずピアノのレッスンへ。
それから2時間後、家へ連れて帰ろうと、えさをやったあたりを探すけれど、どこにもいません。 結局その日はあきらめて帰りました。
そして翌日、かばんを手に再び探しにいきました。
半分諦めながら探し回り、もうこれで最後、この道にいなかったら家に帰ろうと、遠回りして細い坂をあがると、なんと呑気に体をなめている姿を発見!
やったー!と一人で小躍りし、猫を抱え、ぎゃーぎゃー鳴くのを無理やりかばんに押し込めて家に帰りました。
がりがりにやせていたパンサーは、それからすくすく育ち、一時期は7キロにもなりました。私に一番懐き、夜は背中と背中をぴったんこさせて寝て、ごはんが欲しい時は、寝ている私の唇に冷たい鼻をつけてきたり、たまには喧嘩をしたり。パンサーとの生活が楽しく過ぎていきました。
しかし残念なことに、8年後に糖尿病を患い、朝晩とインスリンを打つ毎日。
またもやガリガリ猫になってしまいました。
猫の血糖値コントロールは難しく、大抵は1、2年で死んでしまいますが、パンサーはそれから4年も生きながらえました。
死を迎えたのは、私が結婚し、嫁ぎ先の岡山からたまたま実家に帰ってきた週末。その週の始めから危ない状態だったのになんとか持ち堪え、私が玄関に入ると、よろよろとしながら出迎えてくれました。
その晩は食欲を盛り返し、久しぶりにご飯を食べ、もしかすると元気になるのでは、と思ったのもつかの間。翌々日には昏睡状態に。でもその日は友達に会う約束をしており、死んだら困るなぁ、なんて勝手なことを思っていました。するとパンサーはなんとか持ち堪え、その翌日、夕方には岡山に帰るという朝に死んでいました。
冷たい雨が降る中、私は両親と共に火葬場へ行き、お骨を拾いました。
私がその週末には帰ってくるというのを両親の話からパンサーは聞いてわかっ
てたのではないか。
また友達に会う約束が今死ぬと台無しになる。
岡山に帰るまでに死なないと、最後のお別れができない。
そんなこと、猫に配慮できるわけはないけど、拾った時からの縁を考えると、もしかしてパンサーはそこまでわかっていたのかも、と思いたくなります。死んでからもたまに夢の中に出てくることがあり、その夢の中で私は触りながら、「死んでもこうやって生きているときと同じように触れるんやったら、全然いいやんか」と喜んでいます。夢から覚めても、パンサーを触ったその感触が生々しく残っているようで、すごく不思議な感じでした。
もう一度会いたいなぁ、と時々、声を出して「パンサー、パンサー」と呼ぶことがあります。でも勿論姿を現してくれないけど、なんとなく近くにいるような気がします。私も死んだらパンサーに会えるのかな。
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ユーザーからのコメント
○パンサーのことが大好きだったんだなぁってすごい伝わってきました!私も感情移入して思わず泣いてしまいました。(by
プラス)
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